名古屋コーチンの魅力を伝える為日々 トリをさばく男のブログ

名古屋コーチンの店 鳥勝のこと2

こんにちは!

2018年は桜の開花がかなり早いようで、

名古屋でも開花が宣言されました。

【19日 名古屋 さくらの開花日】平年より7日早い。

昨年より9日早い。(ウェザーマップ)

ウェザーマップ開花情報

このままでは……

岩倉市の桜祭りが始まる前に満開を迎えてしまう……

因みに、過去最も早い開花日は1990年の3/17開花

だそうです。(1953年の統計開始以来)

 

少し焦っている鳥勝のぶっちーです。


 

さて今回は、前回に引き続き鳥勝のご紹介をさせて頂きます。

前回も少しご紹介致しました伊藤 勝右エ門

「鳥勝」のサイト掲載写真の使いまわしですみません笑

勝右エ門の写真がすくないのです……

 

 

 

鳥勝の「勝」は恐らくこの、勝右エ門さんからきているのだと思います。

彼はかしわ屋を開業するまでは、蚕関係の事をやっていたようです。

当時(明治~大正)一宮市周辺は後に「毛織物王国」と言われる程

繊維産業が発達し、関係する店や産業が乱立していたといいます。

しかし大正10年頃から蚕産業で大不況があったそうであえなく倒産。

小牧~岩倉~一宮地域で盛んだった鶏に関わる事をやろうと考えたそうです。

 

そこで勝右エ門は「かしわ屋(鶏肉屋)」を開業し、鶏肉を家庭の

皆様に提供しようと一念発起。

大正12年に現在の岩倉市(当時の丹羽群岩倉町)で「鳥勝」を営む事となりました。

 

しかし。

当時は動物の肉自体が高級品であまり馴染みが無く、

鶏肉を食べる時があっても各家庭で飼っていた鶏を

家主が自分で捌いて料理するなど、

鶏の精肉店としての需要はあまり無かったようです。

町の寄り合いや宴会などでの需要はそこそこあったようで

捌いた鶏肉を皿に盛り付け、箱に入れて宴会場まで配達する

といった仕事が多かったといいます。

 

使用する鶏も、主に廃鶏(年をとり、卵を産まなくなった鶏)であり、

周りの養鶏場から集めては捌いて売っていたとの事です。

 

当時も名古屋コーチンを扱う事があったそうですが、それほど

たいした数ではなかったようです。

 

現在のような食肉用の若鳥が食べられるようになったのは、

かなり時代が過ぎブロイラーなどの安価で肉が大きい種類が

輸入されるようになってからですので、当時の「鶏を食べる」文化が

現在と大きく違っていた事が分かります。

 

それでは、今回はここまでです。

また次回!

 

 


創業96年!名古屋コーチンの店 鳥勝

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愛知県岩倉市本町畑中21

TEL:0587-66-0379

FAX:0587-66-0379

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